小西狐剣歌碑

津起多つる 魂の柱の かたければ
迷いの心 いかてをこらん

明治三年、長浜村小津生まれ。皇道主義者。閑谷学校で漢文、国学、古典等を研究し、布教伝道のため渡鮮。明治二十七年、平壌にて死去。生まれ故郷の長浜公民館前に建立された。